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Showing posts from July, 2020

Philip K. Dick's Electric Dreams が一話目から最高。

 Philip K. Dick's Electric Dreamsはアマゾンプライムビデオで見ることができる。これはPhilip K. Dick の短編を一つのエピソードにしたドラマだ。一話目は夢の話である。この物語に登場する女性は夢に没入することができる装置を使用する。それを使うと、夢を必ず見ることができるのだ。その夢に登場する男性もVRを使って夢を必ずいることが見ることができるのだ。その男性が見る夢は最初に夢に没入した女性の世界である。  ディックの作品の映像化に対しては懐疑的であったものの、実際には面白いのだ。もう、夢の中の夢の中の夢?あるいはどっちが本物?という今作のテーマに気づいた瞬間、ああ、ディックにやられてしまった。とディックの世界に没入できるような作品になっている。もう設定だけで喜ばしい。何でそんな設定を思いつくんだ。  何も考えずに見ればいい。比喩的に、口を開けて餌を与えられる鳥のように作品を見ていても楽しめる。私はゾンビのように口を開けて脳を溶けさせながら作品を見ていく。とにかく続きが楽しみだ。

短編としての出来がいい『ブラック・ミラー』二話目

 『ブラック・ミラー』の二話目は『1500万メリット』という意味不明なタイトルを採用している。この1500万メリットというものを手に入れると、この世界のアメリカのオーディション風番組に出演できるようだ。今回のエピソードは前回のように一つの国家を巻き込んだものではなく、どちらかというと個人に焦点が当てられている。閉ざされた空間なので、外の世界を大きく変える内容ではない。つまり、物語の内容はすべて一つの建物の中で完結するのである。  今作は視聴者の気持ちを弄ぶ。狭い空間に置かれている主人公たちは自転車の機械に乗ってポイントを稼いでいる。管理された空間の中で彼らはずっと生きていくのだ。そこからの抜け道の一つとして用意されているのが、本作のオーディション番組への出演だ。主人公は気に入った女性にそのオーディションの出場権を譲渡する。しかしながら、その女性(ヒロイン)は審査員に気に入られたものの、アダルトビデオの出演者として採用される。それに伴って、主人公は、反発するかのように、ポイントを再び稼ぎオーディション番組に出演しようとする、という凡庸なお話が続く。  平凡のその先には面白さが待っている。オーディション番組に出演した主人公は閉ざされた空間の真理にたどり着こうとする。彼は自殺をほのめかし、熱狂的なスピーチによって審査員を驚かす。そんな彼に審査員が起用しようとしたのは、審査員の一人が所有する番組内で怒りの感情を露にするキャラクターである。主人公はあっさり、それを受け入れ出演を果たす。反発する側であるはずの主人公は悠々自適な生活を送ることになる。そんな生活を手に入れた彼は反対する側であるはずなのに、反発される側に容易に回ってしまう。  結論を見るとなんとも言えない気持ちになる。劇的なエンディングはない。落ち着いた結末が待ち受けている。後味も悪くない。一話のように露骨に大衆を狙ってもない。それは純粋で面白いお話になっている。ただただ我々の欲求を解消しようとするエピソードではない、宙づりのラストだ。

子供に現実を突きつける『猫の恩返し』

 『猫の恩返し』は子供向けの映画だ。登場人物はみんな優しい。シリアスな側面はあるように見えて、それに迫真性はない。登場人物に被害が出たとしても、せいぜい倒れたり、投げ飛ばされたり、毛が剃れたりするだけだ。このように現実的な危険性は極めて低く、フィクションであるということが強く協調されている。リアルな部分は主人公が街中を歩いている描写ぐらいであろう。  出来すぎている主人公に人間味はない。主人公はあらゆる場面をそのまま受け入れる。猫の世界に行ったとしても、いつものようにふるまう。例え猫になりかけたとしてもその現実を何なく受け入れる。キャラクターという視点を考えると、主人公はどういった人物なのかは見えてこない。  王様の方がよっぽど人間っぽい。私利私欲に飢える王様だが、彼には明るい部分もある。それは、一国の王として国を治めているということだ。その国の猫をどう扱っているかはわからないが、少なくともそこにいる民が存続できるシステムを構築している。従って、人々が生きる土壌を保ち続けているのである。はるちゃんによって狂ってしまうが、彼の王政はそれでも崩れない。  夢見る子供たちに向けてある意味夢の怖さをこの映画では描いている。なんでもおもちゃが手に入る場所がある。しかしながら、その場所には裏がある。『千と千尋神隠し』のそこまで怖さを描写しないバージョンといっていいかもしれない。だから夢ではなくて現実を見つめることの大切さをこの映画では伝えたいのであろう。  この映画はあまり面白くない。安定志向を目指しすぎていて、特徴的な映画には仕上がっていない。同様な物語を求めるのであれば、『千と千尋神隠し』を見た方がいい。あれは攻めていてかつ子供に、必要以上かもしれないが、現実とは何か教えてくれる。かわいいキャラクターに囲まれたこの映画は浅薄な結果を生み出した。

後味が悪いと言われる『ブラック・ミラー』

 『ブラック・ミラー』は後味が悪いと言われている。実際に、最初のエピソード、あるいは話、でテクノロジー、あるいは技術、の進歩による我々の世界をディストピアのように描いている。テクノロジーによって救われるはずの人々がテクノロジーによって苦しめられたり、場合によっては死んでしまうのだ。このように誰も救われない状況を演出しているがゆえに、『ブラック・ミラー』は腑に落ちない作品になっているのである。  『ブラック・ミラー』はスリラードラマである。結局我々の欲求を満足させようとしている創作である。テーマ、あるいは主題、が面白いとか深いというよりは、絶えず緊迫な展開を映す。そこには余裕がなく、常にカフェインを摂取していてテンションが上がっているような感覚である。なので、いい物語を伝えようとしているのではなく、いかに刺激的な映像にしようということにこだわっているのである。  数シーズン続いている『ブラック・ミラー』は気になる。最初のシーズンの残りのエピソードの予想は同じような構造の芝居である。しかしながら、数シーズン続いているということは、何かしらの理由によってファンを獲得しているということである。その理由が気になるため、ぜひ続きを見てみたい。物語は単調なので、ちょっとした短編のような感覚で映像を見ることもできるのも魅力的だ。

『攻殻機動隊 SAC_2045』レビュー

 今回の攻殻機動隊はポップな、あるいは大衆的な、作品に仕上がっている。対象年齢が前作より低くなっているためか、グロテスクだと感じることは一切ない。まるで、RPGのゲームのキャラクターがダメージを受けているような状態だ。実際に、本作はCGを使用しているため、ゲームっぽい映像にはなっている。しかしながら、これはゲームではなく映像作品だ。それゆえ、ゲームっぽくして子供を含めた大衆受けを意識している。  今作は概念としてのポスト・ヒューマンではなく、名前としてのポスト・ヒューマンを使っている。人間以後だから、人間ではないなにかである。だから本作に登場するやつらはポスト・ヒューマンだという安易な表現を本作では用いる。それは、概念的には、キャサリン・ヘールズによるサイボーグ論とは大きく異なる。今作のポスト・ヒューマンはイメージ通りのターミネーターのようなサイボーグになっている。  『1984』をポスト・ヒューマニズムで分析しようとするという試みは面白い。今更『1984』を分析すんのかいというツッコミはさておいて、『1984』をポスト・ヒューマニズムで分析するのは新しい。ビッグ・ブラザーによる支配を近未来化し、それを比喩的に描いているのも納得がいく。ビッグ・ブラザーをポスト・ヒューマンに仕立て上げているのかどうかという結論までは本作は導いていない。その結論は続きでわかるのだろう。  『攻殻機動隊 SAC_2045』はおすすめできる作品ではない。12のエピソードで構成されている本作は視聴していてドキドキしない。物語として面白くない。『ストレンジャー・シングス』のほうが面白いからそっちを見るべき。『ストレンジャー・シングス』に習って、毎回次のエピソードが気になる終わり方をしてほしかった。