怒りのある物語は面白い。

 俺は比較的怒りのある人生を送ってきた。今している仕事だって親からの反発によってこの仕事についたようなものだ。とにかく人や物や思想に反対しまくっていた人生だった。だから、面白い人生でもあった。今は仏教とか学んで客観的になってきたから、今後の人生は面白く無くなっていく。でも、やっぱり、怒りのある物語を見たり、聞いたりすると、今でも面白い。

 藤本タツキの新作の短編集『藤本タツキ短編集 22-26』は怒りの塊だ。作品毎のコメントを読むと、誰かに対する反発によって描いてあることが読み解ける。この人にこう言われたから、こういった作品を作ってやろうという気持ちで書いているということを表明している。だからこの短編集は怒りをまとめ上げた、怒りの本なのだ。

 なぜ怒りが面白いかというと、人は怒っている時馬鹿になるからだ。怒りというのは、怒ったり、後悔することも含めて怒りだと捉えている。人が怒った時はとにかく向こう見ずな発言が多い。たとえば、あなたのせいで恥をかいたんだよと親に言われる。恥の原因は子にあるというのは子供としては意味がわからない。なぜならば、恥は親の感情にしか登場しないからだ。そんなことを他人の親が子供に言ってる場面に遭遇したら、なんて馬鹿な親なんだと思うかもしれない。だから、人の怒りは他人から見ると面白いものだ。自分で振り返っても馬鹿馬鹿しくて可笑しい。

 ここで、怒りの物語を二つ紹介したい。F・スコット・フィッツジェラルドによる『グレイト・ギャッツビー』は後悔という形の怒りの物語だ。ギャッツビーは過去を取り戻そうとする。後悔という怒りに任せて、デイジーを手に入れようとするのだ。そこでニックというキャラがギャッツビーの怒りを何度か抑えようとして物語の進行を妨げようとするのだが、ギャッツビーは怒りに満ちているからニックの話を聞かずに怒りに身を任せる。結果的に悲惨な死をギャッツビーは遂げているのにも関わらず、面白い物語ができあがった。

 『マトリックス』という映画も怒りの物語だ。(マトリックスは面白いから、今度12月の上映される映画をIMAXで見に行きたい。)マトリックスはネオとスミスの戦いの物語だ。お互いがどんどん強くなっていって、その両者の間で繰り広げられる真っ向勝負が面白いのだ。もし、どちらか一方がpacifist(平和主義者)で、闘おうとしなかったら、物語は壊れる。この2人が3作品も戦い続けるから、魅力的な作品が3つもでき上がるのだ。(アニマトリックスでこの2人が戦ったかどうかは覚えていないが、アニマトリックスもおすすめだぞ!)

 とどのつまり、怒りによって面白い物語はでき上がる。仏陀が人を救って正しましたという物語はつまらない。役に経つけど、退屈だ。俺は怒りが好きだ。だから怒りの物語を楽しんでしまう。なんで怒りの物語は楽しいのかという詳しい考察は誰か頭のいい人がきっと答えてくれるでしょう。怒っている時はそんな客観的に考えられないんだから、考えたってしょうがない!

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