『イノセンス』レビュー
『イノセンス』という映画は前作(『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』)に引き続き非常に芸術的な作品である。前作よりも10年近く経てから制作された今作は前作以上に非現実的な側面が多い。それは、まるでゲームのような世界観である。事細かな描写まで丁寧に描くというこだわりは強く感じられる。その芸術の方向性は全体よりも客体に注目した映画本来の姿ではない。事細かに描く小説的なつくりになっている。今作はバトーという人物の主観を見せるような物語になっている。
『イノセンス』のバトーはまるでこの世のすべてを受け入れているような人物である。彼の感情が高ぶる機会は少ない。たとえ自分の頭がハッキング(乗っ取り)されたとしても動じない。まるで自己の存在を否定、あるいはあっても無くてもいいような生き方をしている。特徴が少ない面白くないキャラクターである。しかしながら、バトーという存在は最も映画の中でリアリティ(現実性)にあふれている。言い換えれば、いかにも現実にいそうな登場人物なのである。
対照的に少佐という人物は空想上の人物である。頭の中をハッキングされることが容易であるがゆえに、今見ている場面(シーン)のどこまでがリアルなのかは決して判断することはできない。例えば、脳を乗っ取られたらバトー自身は自分を打ってしまう。トグサは永久的にループされた記憶から抜け出すことができない。それはバトーが人形たちと戦闘するシーンでさえも同じである。バトー自身が少佐という人物を作り上げて、その空想とともに戦っているのかもしれない。彼自身も少佐のことをー存在しているのかどうかわからないー守護神と呼んでいる。この映画はあえて、夢見る主人公の夢日記のような作品のように作り上げられている。つまり、どこまでがフィクションであるのかをあえてわかりづらくしているのである。
正直こんなに厭世的、あるいはディストピア的な作品であるとは思っていなかった。世間受けを全く考慮していないような作品作りである。とにかくこの作品は暗い。作品としてはポストモダン的であると言える。バトーという1個人の歴史に焦点を当てた、歴史上にいるかどうかわからない登場人物の物語である。暗い作品の割にはとんでもない窮地にバトーを陥ることもしない。今作はポストモダン作品としては優秀なのであるが、面白みに欠ける。
『イノセンス』のバトーはまるでこの世のすべてを受け入れているような人物である。彼の感情が高ぶる機会は少ない。たとえ自分の頭がハッキング(乗っ取り)されたとしても動じない。まるで自己の存在を否定、あるいはあっても無くてもいいような生き方をしている。特徴が少ない面白くないキャラクターである。しかしながら、バトーという存在は最も映画の中でリアリティ(現実性)にあふれている。言い換えれば、いかにも現実にいそうな登場人物なのである。
対照的に少佐という人物は空想上の人物である。頭の中をハッキングされることが容易であるがゆえに、今見ている場面(シーン)のどこまでがリアルなのかは決して判断することはできない。例えば、脳を乗っ取られたらバトー自身は自分を打ってしまう。トグサは永久的にループされた記憶から抜け出すことができない。それはバトーが人形たちと戦闘するシーンでさえも同じである。バトー自身が少佐という人物を作り上げて、その空想とともに戦っているのかもしれない。彼自身も少佐のことをー存在しているのかどうかわからないー守護神と呼んでいる。この映画はあえて、夢見る主人公の夢日記のような作品のように作り上げられている。つまり、どこまでがフィクションであるのかをあえてわかりづらくしているのである。
正直こんなに厭世的、あるいはディストピア的な作品であるとは思っていなかった。世間受けを全く考慮していないような作品作りである。とにかくこの作品は暗い。作品としてはポストモダン的であると言える。バトーという1個人の歴史に焦点を当てた、歴史上にいるかどうかわからない登場人物の物語である。暗い作品の割にはとんでもない窮地にバトーを陥ることもしない。今作はポストモダン作品としては優秀なのであるが、面白みに欠ける。
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