『人物を創る』レビュー
道徳って言われてもなんとなくつかみどころがない。あの人は道徳的だねという言葉は日常的に生きていて耳にする言葉ではない。私たちが幼いころから学んできた道徳という科目が学校にはあるわけだから、道徳には何かしら重要な意味があるのだろう。道徳的な人間を目指す私は道徳の本を読んで早一年経過したわけである。しかし、いまだに徳がある人間だと自負することはできない。それは簡単になれるものではないからだ。例えば今アメリカで流行りのヴィーガンになるならば、今すぐに誰だってできる。しかしながら、この道徳というものを極めるためには終わりがない。また、明確な指針もない。
今回は安岡正篤による講義を言語化した本のシリーズの一冊である『人物を創る』のレビューである。早速始めていきたい。今作も漢文を古文で訳したものが夥しく多く、その引用を読んでもよくわからない。日本語訳を読んでやっと意味が理解できるのだ。意味が理解できたとしても、一度かみ砕いただけでは吸収できない。なんといっても、昔の思想家による文献である。簡単に読み解けるはずがない。
そんな今作は指導的な立場における人がいかにあるべきかという点に着眼している。君子がどうあるべきか、あるいは国を治める人がどうあるべきかという内容である。人は子供を産んだり、働いて人の上に立つ場合もある。なので政治家にならずとも、いずれ私たちが通る道である。その上に立つ過去の人物たちの悪しき例と良い例を並べながら編纂された本講義は進む。
良い例としては言行一致である。どうやら、安岡正篤が生きていた時代ー20世紀半ばーから、もうすでに言葉と行動が一致していない人々がいたのである。何かしますと言ってもできない、それをやろうとすることができないのである。彼は言行一致は難しいと言っている。だからこそ、有言実行するという訓練が大事なのである。
端的ではあるが、ここでレビューを締めくくりたい。
結論としてこの本は一歩踏み出して道徳的な指導者になれよということである。なので道徳というものに興味があれば、おすすめの一冊である。自己啓発本とは異なり、とりわけこの本は自分を慰めたりはしない。むしろ、昔の人―立派な方々―に倣って、良い側面を吸収すべきということが書いてある入門書のようなものである。従って、ただ快楽的に読むということはきっと不可能である。つまり、そういう風に読書をしたい人にはおすすめはできない本である。
良い例としては言行一致である。どうやら、安岡正篤が生きていた時代ー20世紀半ばーから、もうすでに言葉と行動が一致していない人々がいたのである。何かしますと言ってもできない、それをやろうとすることができないのである。彼は言行一致は難しいと言っている。だからこそ、有言実行するという訓練が大事なのである。
端的ではあるが、ここでレビューを締めくくりたい。
結論としてこの本は一歩踏み出して道徳的な指導者になれよということである。なので道徳というものに興味があれば、おすすめの一冊である。自己啓発本とは異なり、とりわけこの本は自分を慰めたりはしない。むしろ、昔の人―立派な方々―に倣って、良い側面を吸収すべきということが書いてある入門書のようなものである。従って、ただ快楽的に読むということはきっと不可能である。つまり、そういう風に読書をしたい人にはおすすめはできない本である。
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